掛川城

先日掛川城に行ってきました。


私の住む静岡県西部には、浜松城、二俣城、横須賀城


高天神城、掛川城など城がたくさん存在しますが


そのうちのひとつです。


天守閣の特徴

掛川城天守閣は外観三層、内部4階になります。

12m×10mの天守閣本体は決して大きななものでは

ありませんが、東西に張り出した部を設けたり

入り口に付け櫓を設けたりして、外観を大きく

複雑に見せています。

1階、2階くらべ、4階の望楼部分は特に小さいのは

殿舎の上に物見のために望楼を載せた出現期の天守閣の

なごりと言えます。

白漆喰塗りの籠めの真白な外容は、京都聚楽第に、黒塗りの

廻縁・高欄は大阪城天守閣にならっと考えられます。



掛川城の歴史

戦国武将たちの覇権争いでの中で掛川城より

東に500mほどのところにあった掛川古城は

駿河の守護大名今川氏が遠江支配の拠点として

重臣朝比奈氏に築かせたと言われています。


その後、今川氏の勢力拡大に伴い掛川古城では手狭となり

1512年から13年に現在の地に掛川城が築かれました。


1560年に桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に

打たれると、義元の子氏真は甲斐の武田氏に駿河を

追われ掛川城に立てこもりました。


翌年、徳川家康は、掛川城を攻め長期に渡っての攻防の末

和睦により開城させました。

家康領有後、重臣石川家成が入場し、武田氏防御の

拠点となりました。


1590年全国平定を達成した豊臣秀吉は、徳川家康を

関東に移すと、家康の旧領地は秀吉の配下の大名を配置し

掛川城には山之内一豊が入りました。


一豊は城の拡張や城下の整備を行うとともに、掛川城に

初めて天守閣をつくりました。


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今回は西側より登って、天守閣に行ってみよう。

急な坂を登って行きます。

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登る途中左上に天守が見えます。

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登ると入場券を買うところの向こうに

昔のままの太鼓櫓が見えてきます。

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太鼓櫓です。


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天守閣に登って行きましょう。

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石の階段を登りながら振り返ると

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また、階段を登って行きます。

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途中太鼓櫓が水平に見えます。

やはり、年代を感じさせます。


櫓は三の丸に当初はありましたが、江戸時代のうちに

ここに移築されたとのことです。

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登る前に右の狭間を見に行こう。

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右の塀には三角や四角の弓矢や鉄砲の攻撃をする

狭間があります。

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これから、天守閣に入ってみましょう。

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長くなるので、次は次回にします。


誤字脱字にご容赦を

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