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zoom RSS 高天神城址  家康と武田勢との攻防の城 直虎直政の時代背景

<<   作成日時 : 2017/09/22 17:21   >>

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「おんな城主直虎」をNHK大河ドラマでやっていますね。


井伊家はどう生き延びるか難しい時を描いています。


今は徳川家康も織田や今川の間で揺れ動き


武田信玄にはこっぴどくやられていますが


だんだんと徳川家康が力を付け、武田との戦いに勝っていくのです。



地元でありながら初めて訪れた高天神城(たかてんじんじょう)に行った時のものです。


現在の静岡県掛川市の南方で上土方・下土方にあったお城です。


小規模ながら、山城として堅固さを誇り、難航不落の城で知られていました。


戦国時代末期には武田信玄・勝頼と徳川家康が遠州の地を制する城として


激しい争奪戦を繰り広げられ、家康が兵糧攻めの手法で落城させて廃城としました。



優美な山の形から鶴舞城の別称を持ち、国の史跡に指定されています。


山の高さは海抜132メートル、周囲と比べ高さは100メートル程度と、


それほど大きな山ではなく、城郭全体の面積も広いものではありません。


しかし、山自体が急斜面で、効果的な曲輪の配置が施されたことで


堅固な中世城郭となっていました。


石垣もなく、多くの土塁や曲輪がぐるりを取り囲み、掘割も設けられていました。


非常に実践的で、乱世ならではの城と思います。


また、急斜面の山であるために城に向かう道以外からよじ登ることは困難です。


南側の大手門から東側の丘に武家屋敷がありました。


高天神城としては現在ではすべての建物は残っていません。


実際行ってみると、勾配がきつくなかなかの地形になっていました。


大手門側の城の案内

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搦手門側の案内

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整備されていている北側の搦手門跡を登って行きます。
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急に勾配がきつくなります。

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急な石の階段を登って行きます。

良い感じがします。

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三日月井戸、高台でありながら山水が滴って溜まっていました。

兵糧攻めの時には貴重な飲み水となったのでしょう。


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ここを登ると右側は比較的平らなところに出ます。

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更に左側に登って行くと本丸跡になります。
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ここは東側の最上部で本丸跡です。

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難航不落の城と言うことも良く分かります。周囲は崖のようになっています。素晴らしい展望です。

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本丸の西方には高天神社があります。

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こんな感じのところを降りていきます。こちらは登って来たところ搦手門側です。

南側の大手門側はあまり整備されていません。

ここの城の好きな、風景です。

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